蝶々
9月11日
愉景新城の「継続張國榮 珍蔵展」に行った。
ここは郊外の大型総合ショッピングセンターで、いろんな施設があり1日楽しめるような作りになっている。イベントは地下1階(実際は1階)で行われ、手前にケースに入ったレコード、カード、雑誌、写真集、映画やコンサートのチケット、チラシなど様々な珍しいものが飾られていた。
その奥にステージがあり、そこで各国のファンの撮ったレスリーの誕生日を祝うビデオや、監督やゲストのコメントの入ったレスリーの映画についてのビデオを観ていた時のことだ。
茶色っぽい蝶々だったので、最初は木の葉かと思った。そんな感じで上からひらひらと
舞い降りてきてスピーカーにとまった。そして私達の上を、手をのばせば触れそうな程低く飛びはじめたのだ。会場はどよめき、写真を撮る人や「レスリー」と呼びかける人などもいた。
私にとってレスリーのファンでいることは、いつも楽しさの後ろに悲しみと苦しみがある。瞳の奥に涙の入った壺があり、笑ってもそれが揺れて涙がこぼれそうになるのだ。
そして一方ではそんな自分を見つめる冷静な自分がいる。こんな遠くまで来て、いまは
もういない人のビデオを観て、なにをしてるの・・・と。
この時がちょうどそんな状態だった。ビデオを観て笑いながらも一方では覚めていて、それなのに涙がこぼれそうになっていた。そこへ蝶々が現われたものだから、一気に涙があふれてとまらなくなってしまったのだ。
そして涙とともに心の葛藤が流れていき、レスリーへの想いだけが残った。
蝶々を喜んで笑顔の人達もいたけど、私は恥ずかしいくらい泣いた。
その後、展示をみていたら日本の映画チラシの入ったケースの後ろに蝶々がとまっていて、私達の至近距離からのフラッシュ攻撃も気にしない様子で、じっとしていてくれた。
そして皆が写真を撮り終わったころ、ちょっと目を離した隙にいなくなっていた。
この蝶々がどこから来てどこに帰っていったかなんて、もうどうでもいい。大切なのはこの時にこの場所に来てくれたこと。レスリーが来てくれたと私は思っている。
でもこの蝶々は、きっと世界で一番写真に撮られた蝶々じゃないかな。
愉景新城の「継続張國榮 珍蔵展」に行った。
ここは郊外の大型総合ショッピングセンターで、いろんな施設があり1日楽しめるような作りになっている。イベントは地下1階(実際は1階)で行われ、手前にケースに入ったレコード、カード、雑誌、写真集、映画やコンサートのチケット、チラシなど様々な珍しいものが飾られていた。
その奥にステージがあり、そこで各国のファンの撮ったレスリーの誕生日を祝うビデオや、監督やゲストのコメントの入ったレスリーの映画についてのビデオを観ていた時のことだ。
茶色っぽい蝶々だったので、最初は木の葉かと思った。そんな感じで上からひらひらと
舞い降りてきてスピーカーにとまった。そして私達の上を、手をのばせば触れそうな程低く飛びはじめたのだ。会場はどよめき、写真を撮る人や「レスリー」と呼びかける人などもいた。
私にとってレスリーのファンでいることは、いつも楽しさの後ろに悲しみと苦しみがある。瞳の奥に涙の入った壺があり、笑ってもそれが揺れて涙がこぼれそうになるのだ。
そして一方ではそんな自分を見つめる冷静な自分がいる。こんな遠くまで来て、いまは
もういない人のビデオを観て、なにをしてるの・・・と。
この時がちょうどそんな状態だった。ビデオを観て笑いながらも一方では覚めていて、それなのに涙がこぼれそうになっていた。そこへ蝶々が現われたものだから、一気に涙があふれてとまらなくなってしまったのだ。
そして涙とともに心の葛藤が流れていき、レスリーへの想いだけが残った。
蝶々を喜んで笑顔の人達もいたけど、私は恥ずかしいくらい泣いた。
その後、展示をみていたら日本の映画チラシの入ったケースの後ろに蝶々がとまっていて、私達の至近距離からのフラッシュ攻撃も気にしない様子で、じっとしていてくれた。
そして皆が写真を撮り終わったころ、ちょっと目を離した隙にいなくなっていた。
この蝶々がどこから来てどこに帰っていったかなんて、もうどうでもいい。大切なのはこの時にこの場所に来てくれたこと。レスリーが来てくれたと私は思っている。
でもこの蝶々は、きっと世界で一番写真に撮られた蝶々じゃないかな。
by kelly-o
| 2006-09-15 09:43
| 2006香港
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